哲学は新しい事業創出の機会
アベノマスク問題の解決策
アベノマスクの廃棄費用に6000万円、希望者への発送費用が10億円。
いずれも血税がつかわれることに変わりはなく、だとしたら単純に安いほうがいいとなりますが、事は単純にいきません。
倉庫代に6億円、保管マスクの検品代に20億円がすでに使われていて、だから廃棄すればそれでシャンシャンというわけにはいかないからです。
だいたい廃棄するにも資源の無駄であることは否定できません。だいいち血税をドブに捨てるも等しいことになるからです。
反省ゼロの安倍さんが「2億8000万枚の希望があった」「もっとはやくやっておけばよかった」とドヤ顔でコメントしたことが国民の怒りに火を点けましたね。
さて、ではこのアベノマスク問題をどうすればいいか。
これを哲学の思考法で「アウフヘーベン」、つまり「止揚」という方法で解決してみようと思います。この考え方はドイツが誇る世界的な哲学者ヘーゲルの弁証法という考え方から来ています。
アウフヘーベン=止揚とは、簡単に言ってしまえば「互いに対立する考え方や物事からより高い次元の答えを見い出す」ことを言います。
アベノマスクの解決策、こうすればいいと思うのですが、いかが?
まず1つ目の解決策。
受益者負担の原則でアベノマスク希望者は送料を自己負担とする。
それができないのであれば、都道府県別に1カ所に集約して発送。希望者に取りに来てもらう。
この受益者負担の原則は誰も否定できないでしょう。
2つ目の解決策。
それこそ安倍元首相の“自己責任”として自腹で送料を負担すること。
安倍さんならそれくらいのお金は持ってそうです笑
そして、3つ目の解決策。
マスクの在庫8000万枚を税の無駄遣いの証拠として巨大なモニュメントとして残すこと。
マスクを固める材料は必要だが国有地に野ざらしにしておけば税金はかからない。
反省と検証が苦手な国会議員と官僚にとって、アベノマスクのモニュメントを目にするごとに悔恨の思いに駆られる。とてもいい薬になるはず。(それでも反省しないか?)
以上が、アベノマスク問題を解決に導くアウフヘーベンの考え方です。
このアウフヘーベン=止揚については、かつて当ブログで「経営者よ、哲学せよ」
で述べていますので、詳しくお知りになりたい方はお読みください。
ビジネスに応用する
そこで、です。重要なのはここからです。
これはビジネスにも応用可能なのだということです。
互いに相矛盾するものを解決に導くのがアウフヘーベン=止揚の考え方ですから、これは新しい事業の創出であり、イノベーションの契機ともなるのです。
たとえば、こんなふうに。
「自動車は環境に有害である。これからの時代は生産を抑制すべきだ」
「自動車は移動手段として、なくてはならないものだ。これからも普及を進めるべきだ」
互いに矛盾する意見です。その解決策として誕生したのが、環境に優しいハイブリッドカーです。これが最近ではEV自動車まで受け継がれています。
もうひとつ。
「日本ではパン食が多くなった」
「お米の消費を増やしたい」
この2つの矛盾する意見を解決するのが、
「米粉を使ったパンを普及させよう」
という解決策です。健康やダイエットのためグリテンフリーで小麦のパンをやめ、米粉のパンを食べていると米大リーグの大谷翔平選手の発言でにわかに注目を集めている米粉パンです。
では、こういう場合はどうか。
「もっと集客したい」
「だからといって、料金は下げたくない」
互いに矛盾する意見です。これを解決に導くには、マーケティングの「USP」戦略が有効です。USPについてはすでに何度もお話してきましたからこれ以上繰り返しません。要するに、
「ライバル店にはない、ところが市場は確かにある、その領域なら勝てる」
そういうところを見つけて徹底深化させることです。
ここで初めて2つの矛盾を解決する、もう一段上の領域、つまりブルーオーシャンの海で快適に泳げるビジネスをわが手にできるのです。
「企業の目的は顧客の創造である。したがって、企業には2つの、ただ2つだけの企業家的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす。」
(ドラッカー)
何がホントウで何がウソか?!
最大のネックである採用
美容室の事業規模拡大にとって最大のネックは人の採用でしょう。
この度、株式をマザーズに上場した某美容室。
某業界ジャーナルには、こんなことが書かれていました。
スタイリストファーストを企業理念に、平均より高い報酬を出し、柔軟な働き方ができる環境を整えているため、人の確保も順調だ、というのです。
順調な人材の確保があればこそ、毎年140~150店舗出店でき、2023年10月末には950~1000店舗を目指すと。
この人材確保ですが、じつは「業務委託」によって成り立っているのですね。
さらにこんなことが書かれてあり、「えっ?」とわが目を疑ってしまいました。
理美容師の平均年収が311万円であるのに対し、こちらの美容室では年間378万円の報酬があるという。正社員の給料よりも20%も多く支給しているのだと。
この記事、額面通りに受け取れます?
確かに年収の単純比較ですとこうなるのかもしれません。
年収額のカラクリ
ところが、正社員に対する会社負担は給料だけではありません。社会保険料や残業代、交通費含めて会社には各種の負担金が発生します。
概算をしてみましょう。
社会保険料は、厚生年金、健康保険、介護保険(40歳以上が対象)、雇用保険、労災保険(こちらは100%会社負担)があります。雇用保険と労災保険以外は会社と個人の折半で徴収されます。
それぞれの料率は以下の通りです。※( )内は個人負担分
・厚生年金18.3%(9.15%)
・健康保険9.84%(4.92%)
・雇用保険0.9%(0.3%)
・労災保険0.3%※全額会社負担
これを理美容師の平均年収といわれる311万円で個人の給料から差し引かれる社会保険料を概算してみましょう。
・厚生年金:311万円×9.15%=284,565円
・健康保険:311万円×4.92%=153,012円
・雇用保険:311万円×0.3%=9,330円
・介護保険:311万円×0.9%=27,990円
・労災保険:311万円×0.3%=9,330円※全額会社負担でも一応わかりやすくするために計算に入れ込む
となり、合計して48万4227円が差し引かれます。15.6%の負担率です。
そして、単純に倍額として48万4227万円×2の96万8454円が会社の金庫からなくなってしまうのです。
さらに、2割5分増しの残業代、交通費、研修費、福利厚生費など含めれば、軽く100万円以上の負担が会社に発生するのです。
このままじゃ悲惨な老後
ですから、「年間378万円の報酬があるという。正社員の給料よりも20%も多く支給しているのだと」という記事は、まったく実態を知らない、表面的な記事だと言えるのですね。実態は378万円の報酬額など支払ってもお釣りがくるというわけです。つまり、仕入れでは業務委託で消費税が発生して差し引き納税額で恩恵を受け、販管費の負担が少なく、それだけ利益率が高くなるわけです。
しかも、業務委託で働くスタッフは、たとえ厚生年金などの負担分が発生しなくても、そのぶん年金の積み立てがまったくありませんから、老後は国民年金だけが頼り。その国民年金は、20~60歳まで40年間保険料を支払い続けたとしても、受給金額は年間78万円、月で6万5000円程度ですから、生活が困窮することは間違いありません。個人事業主で悲惨な老後を送っている人が多い、社会保険料の負担がなくて手取り給料が増えるからって、美容師さんは大丈夫か、とは私の友人の社労士の述懐です。
もちろん、厚生年金の将来は楽観できるものではないと承知はしています。たとえそうであったとしても、大切なスタッフの老後を見据えた生活のフォローアップ体制を会社で用意するべきだと思うのですね。
そんなことまったく意識になく、言葉は悪いですがスタッフは使い捨て。なにが、「スタイリストファースト」なのでしょうか。むしろその実体は、安い報酬でこき使っているとしか思えません。人の確保も順調だと言いますが、働くスタッフはこの現実をしっかり把握しているのでしょうか。
少なくとも業界を情報でリードしていくべき業界ジャーナルは、取材対象(多くは経営者)の言葉の受け売りではなく、しっかりと背景まで把握した記事を書くべきです、けっして業界をミスリードしてはいけません。
せっかくの業界での上場企業の誕生です。本来なら諸手を挙げて喜ぶべきですが、雇用体制の未整備とスタッフの知識のなさにビジネスチャンスを見い出すというやり方には、少なくても私は賛同しません。
「みずからの足で歩き、みずからの目で確認しなさい。そうでなければ、あなたの話には重みも説得力もない。情報には鮮度がある。すべての人が良いという意見は信用できない。情報は自分の目と耳で集めろ。机の上でいくら思案しても、優れた発想は生まれない。」(安藤百福)
業務委託・シェアサロン 成長の限界
社会保険料徴収の脅威
雇用が失われる‥‥
今から10年以上前になると思いますが、このテーマで、かつて発行していた業界雑誌で特集を組み、またセミナーも何度か行いました。
きっかけは、理美容室へも社会保険徴収の荒波は押し寄せる、この荒波は避けて通れない、という国の社会保険や健康保険政策の大きな動きがあったからです。
かなり衝撃的なテーマで、現在の上場企業を始め意識的な理美容室は、いち早くその対策・対応に着手しました。それで今日のように、合法的な業務委託制のビジネスモデルを立ち上げた会社もあります。
一方では、社会保険料徴収逃れともいうべき非合法な対策をとるところもありましたが、やがて淘汰されていきました。当然のことですが。
もちろん、雇用を守りながら、社会保険の徴収にも対応できるように、生産性をいかに向上させるかということに必死に取り組んだところが多数でした。
「雇用をしない」が破竹の勢い
そして、10年後の今日、業務委託をビジネスモデルとする美容室企業が株式の上場を果たしました。さらにそれに続く同種のビジネスモデルの企業の数社が上場をひかえているというのです。
このように、純然たる雇用をしているサロンの停滞を尻目に、雇用をしない業務委託サロンが破竹の勢いで業績を伸ばしています。
さらにシェアサロンの隆盛。
集客力のある立地にスペースを確保してサロンを展開します。
坪当たり固定の賃借料の徴収、売上に応じたマージン徴収など運営方法はさまざまです。
いずれのやり方とも、社会保険料の徴収からは免れます。
その他、各種手当、教育費など無料で済みます。稼げるまでの先行投資もありません。
しかも業務委託は外注費に振り分けられますから、消費税の納付は少なくて済みます。
今回、上場した企業の決算内容を見たのですが、営業利益率は10%以上の高収益でした。
個人主義の未熟
先例はあるのです。
アメリカが業務委託、ブースレンタル(鏡貸し)、シェアサロンの先行例です。純然たる雇用サロンは2割程度しかないと推測します。
では、このまま業務委託、シェアサロンの隆盛は続くのか?
長年の編集者として培った分析と仮説において、私ははっきりと「NO」と申し上げたいのです。
なぜなら、アメリカのように個人主義が発達していない、未熟な日本であるからです。
私はアメリカの大リーグ野球が好きなのですが、大リーガーは自分を高く買ってくれるチームへの移籍に躊躇はしません。むしろ積極的です。また、移籍した選手を受け入れる違和感のない土壌も醸成されてあるのですね。
これが日本だと、チーム愛や仲間意識、土地やファンなどとの一体感から、必ずしもお金を優先で移籍しません。移籍した先での人間関係もまた一から構築するのがわずらわしい。
個人主義というよりも集団意識、仲間や組織への連帯感や帰属意識が大きいのですね。それがモチベーションの源泉でもあるのです。
だから、個人主義は未熟にならざるを得ない。いや、個人主義など発達しようがない。
(労働行政でさかんに推奨されている「ジョブ型雇用」など早々に破綻すると思いますよ。)
この辺の意識を考慮することなく、業務委託やシェアサロンがこのまま隆盛を続けるとは思えないのです。
いずれにしろ、就業スタイルは異なろうとも、現場で稼働するスタッフの絶対的な不足という、圧倒的“売り手市場”であることは変わりありません。
ということは、委託料の高騰、賃料の低減、個人よりも本部での集客機能持ち、確定申告の代行‥‥などなどといった、稼働するスタッフ側に歩み寄ることによる、稼働スタッフを集める優位性の勝負になってきます。
つまり、今までのような高収益は遅かれ早かれ限界を来してしまうということです。
「教育という仕事は流水の上に文字を書くようなはかない仕事である。しかし、そのはかないことを巌壁(がんぺき)に刻み込むような真剣さをもって取り組まなければならない。」
(森 信三)
経営の差は思考力の差
考える力とは?
今の日本人は考える力がなくなったと言われています。
偏差値教育や○×式の回答ばかりでは、考える力など養われるはずがないという意見もあります。
だから、イノベーティブな起業家もビジョンを語れる政治家も出て来ない。
この辺が諸外国にくらべて決定的な弱点となって国力を衰えさせていると。
しかし、原因はその辺にあるとしても、だからといって考える力を放棄してしまってはいけません。人の上に立つ者、責任ある立場にある者はなおさらです。
では、考える力とはそもそもどういう力のことをいうのでしょうか。
わたしの勝手な考えですが、
考える力とは以下の公式で求められると思います。
●言語力+想像力=考える力
言語が豊かであれば、それだけ価値判断が正確にできます。
想像力のベースとなるのも言語です。
言語が豊かであれば、それだけ想像力が鍛えられます。
理解できないと低く見積もる
反対に、言語が貧しいと価値判断をする選択肢がせばめられます。
言語が貧しいと、想像力も貧困です。
そのため、本当の価値ある情報に接する機会は減ってしまいます。
だいたい、他人様の至極真っ当な意見さえ、何を言っているのか理解できません。
理解できる範囲で判断する。だから判断の選択の幅がせばまってしまいます。
かの文豪ゲーテは「人々は理解できぬことを低く見積もる」と言っています。
さすがの慧眼だと思います。
そして、理解できる範囲が狭ければ、さらに理解できる範囲の狭い人が一箇所に多く集まれば集まるほど、全体の可能性はせばめられる。
これが組織であり、もっと広範囲であれば、理美容業界の現在だと言えると思うのですね。
はっきりと、大胆に言ってしまえば‥‥。
理美容業界最大の弱点
私が以前やっていた理美容室の経営雑誌。読者対象に何度も講演をやりました。なにも目新しい内容ではなく、多くは雑誌に掲載した内容の再確認といったもの。
ところが全員きょとんとした顔で聞いています。初めて聞く内容だと言わぬばかりに。
「これ、みんな雑誌に載せた内容なんですが」というと、「そうなんですか。やっと理解できました」とおおいに喜びます。そして、結構感動してるようなのです。不思議な光景です。
なかにはこんな例もありました。
「いつも読ませてもらっています。特に寝る前に必読です。だって、必ず眠くなるからです」
わからないから眠たくなる。睡眠導入剤の効果が雑誌にはあったというわけです。目の前で言われ、もう笑ってしまうしかありませんでしたね。
これではっきりしました。活字ではほとんどの人が理解できていない。理解できていないから、内容を低く見積もる。まさにゲーテの言っている通りなのですね。
だから、雑誌は売れない。経営雑誌なんてなおさらです。不景気には経営関連本や雑誌などはよく売れると言われますが、どうやら理美容業界は真逆のようです。
ムダな経費と真っ先に切り捨てる。価値を低く見積もる。なぜなら、理解できないから。
20年雑誌をやっていましたが、理解できない層の人がどんどん多くなってきた。これも実感です。
理美容業界は理解できる範囲が狭い。
最大の弱点だと思います。
だから業界は成長しない。
なかでも生産性です。理美容業界は労働集約型産業の最たるものですが、労働集約型の生産性を測る最適な指標に「人時生産性」があります。
この人時生産性は2000円程度です。
スタッフ1人当たり1時間につき、粗利で2000円しか稼げていません。労働分配率50%としても、時給で1000円しか支給できないことになります。すでに東京都、神奈川県では最低賃金にも及びません。最低賃金の全国平均は930円ですから、どうやら最低賃金をぎりぎり割り込まない程度を維持しているといった状況です。
こんな状態を放置したままです。
それ以前に、この数字の意味がわからない人がほとんどではないかと危惧します。
(※生産性を売上と言っている業界の現状です。何度言っても改まりません。だから数字の理解が正しくはなく、自社の「現在地」が客観的にわかりません。現在地がわからなければ、種々に打ち出す施策もピンボケで効果はありません。)
この圧倒的に低い生産性を改善しない限り、理美容の未来はありません。
市場規模の縮小
だから結果は数字で表れます。
市場規模の縮小です。
理美容の市場は、成長どころか縮小を繰り返し、過去5年間でおよそ500億円の縮小。さらに昨年度2020年は、なんと、コロナの影響があったとはいえ、一気に1500億円もの市場が消滅してしまったのです。(「とうとう2兆円の大台を割り込んだ市場規模 今後は一気に廃業の危機?」)
とにかく本を読むこと
要するに、「言語力+想像力=考える力」を養成する以外に解決の道はありません。
でなかったら、思考力のある異業種の参入組においしいところはすべて奪われてしまうでしょう(今後の理美容の上場企業は異業種が独占しそうな勢いです)
まず手始めに、とにかく本を読むことです。これで言語力は鍛えられます。言語力が鍛えられれば想像力が醸成されます。想像力が豊かになれば、それだけ選択肢が豊富に持てるということです。
ただし、わかりやすい本ばかりでは成長は望めません。多少難しくても読み進める。この繰り返しでボキャブラリーは豊かになり、理解できる範囲は広がり、言語力は鍛えられます。
理美容室経営者5万人との交流の中から確かに見えてきたものがあります。
それは、数は圧倒的に少ないですが、成功する経営者は例外なく本好きだということです。しかも、ハウツウ本や薄っぺらな内容の本ではなく、じつに良質な本を読んでいます。つまり、思考力を鍛える本です。
「思考が人間の偉大さをなす。」(パスカル)
「人間は一本の葦にすぎない。自然のうちで最もひ弱い葦に過ぎない。しかし、それは考える葦である。」(パスカル)
「思索する人として行動し、行動する人として思索せねばならない。」(エマーソン)
【美容室の解決すべき根本問題】<後編>
100年遅れの営業スタイル
マーケティングを語らせたら業界で私の右に出るものはいないと自負するSuzu Masa です:笑
まず、前回の復習です。
マーケティングの神様コトラーのマーケティング・テーゼの変遷です。ここをしっかり押さえておきましょう。
・マーケティング1.0・・・【製品主導】(1900~1960年)*大量生産大量消費
・マーケティング2.0・・・【消費者志向】(1970~1980年)*製品の差別化
・マーケティング3.0・・・【価値主導】(1990~2000)*企業の社会的責任
・マーケティング4.0・・・【自己実現】(2010年~)*消費者の自己実現欲求
美容室の価値が上がらない根本の原因は、マーケティングの現在と美容室の営業の現在があまりにもかけ離れてしまっているということです。大事な着眼点です。
まず、美容室の売り物、そう、メニューです。正確には、メニュー主体の売り方です。
カット、カラー、トリートメント、縮毛矯正、髪質改善、ヘッドスパ・・・こういう「メニュー」で売っています。つまり、上記のマーケティング1.0、「製品主導」の発想で商売をしているということになるのです。
これが通用したのが1900~1960年ですから、長くて100年前、遅くて50年前の発想でいまだに商売をしているということになります。
現在のマーケティングのテーゼは、すでにマーケティング4.0、つまりお客様の「自己実現欲求」の時代です。
自己実現欲求とは、お客様の立場からわかりやすく言えばこういうことです。
「私のライフステージを自分らしくもっと素敵にしたいの。プロとしてあなたは私に何をしていただけるの?」
これがお客様の自己実現欲求です。明確に言葉にして言わなくても、結局はお客様のホンネの想いです。なにもカットやカラーや縮毛矯正を望んでいるわけではないのです。現実の美容室ではこれらのメニュー主体の営業ですから、お客様はメニューを選ばざるを得ないのです。
そうではなく、自分らしく素敵な人生が送れるように、プロの美容師として何ができるのか。それが問われているわけで、そういった欲求に応えられるのが、マーケティング4.0時代の美容師なのです。
余計な干渉はしないで!
すでに欲求を引き出すアプローチから違っています。
カウンセリングです。
マーケティング1.0「製品主導」のカンセリングトークの出だしはこうです。
「今日はカットをご希望ですね。どんな形がいいですか。どのくらいの長さで?」
このように「製品」=「メニュー」主導で売っていますから、メニュー前提でのスタイル、長さの話にしかカウンセリングは進展しません。
となると、こういう現象が待っています。
結局、「うまいわね、それほどでも、にしては高いわね、ほどほど・・・」といった評価です。製品(メニュー)を押し付けてくるのであれば、その製品(メニュー)の良し悪しで判断するしかないからです。
ほとんどのサロンが同じ売り方をしていますから、競合となり、コモディティ化が進展して、最終的には料金以外の差別化はできなくなりますから、価格競争に陥るしかないのです。
これ以外に気の利いた会話でもしようと、美容師さんはプライベートな話までもっていったりしますが、お客様にとっては迷惑以外のなにものでもありません。「私生活に干渉されたくない」で終わってしまいます。
製品=メニュー主導の業界
どうして業界はこうなってしまったのか。お客様の消費シーンに100年も遅れたままなのか。同じ売り方、同じ売り物で競合店ばかりの血みどろの争いを強いられているのか。あの製品が売れているといえば無批判に導入し、このメニューが評判だといえば、競って導入する、そんな傾向が絶えないのか。
技術面でのトレンドの変化はさておくとして、大きな原因は、メーカー主導の業界であったということではないでしょうか。
メーカーとは、製品を開発・製造をするところです。どうしても製品が前面に出てしまいます。しかも販売はディーラー、美容室に委ねられますから、他社製品よりもすぐれた製品の価値を全面的にアピールして市場浸透をはかっていかなければなりません。
そこに業界出版社が雑誌の広告主であるメーカーに、販売代理店であるディーラーに忖度して記事を書くという構図ができあがります。
つまり製品の良し悪しの製造競争、販売競争に美容室が巻き込まれている。そんな美容業界特有の構造です。
だから製品主導・メニュー主導の発想からなかなか抜け出ることができないのですね。
私のこと、もっと聞いて!
ところが現在のマーケティング4.0「自己実現」の時代はまったく様相が異なります。カウンセリングとは、美容室にとって唯一にして最大の営業機会なのですが、このカウンセリング自体がまったく違ったものになってくるのです。
カウンセリングトークの出だしはこうなります。
「今日はカットとうかがっていますが、その前にお聞きしたいのです。今のスタイルでどこか問題でもありますか?」
「自己実現」欲求を満たす場合のカウンセリングとして、絶対に踏み外してはならない聞き方の鉄則があります。
こういう聞き方です。「顧客が望むものは製品やサービスではない。問題点の解決策だ」とドラッカーが言うように、すべては問題点を最初の段階であからさまにして、次にそれを解決に導くことがビジネスの本流となります。
とくにマーケティング2.0以降は、ビジネスの鉄板、基本姿勢となっています。
人間の心理とは、まず「不快を避ける」、次に「快を得る」という順番に働くのです。つまり、不快である「問題点」を問題点でなくなるレベルまでもっていって初めて「快を得る」心理状態に至るのです。マイナスの心理がゼロの状態になるのですね。
問題点を聞き出し、問題点を解決し、その後初めてお客様の「こうしたい」「ああしたい」という欲求のステージに移れます。ゼロの心理状態がここでプラスに働くのですね。そうやってどんどんプラスの状態を加算していく。最終的には現在のマーケティングレベルである4.0、つまり「自己実現」の欲求にランクアップしていくわけです。
お客様独自のライフステージに見合った自己実現、その自己実現を満たすために、必要な施術が、カットであったり、カラーであったり、トリートメントであったり、縮毛矯正であったりするのですね。
つまり、自己実現を満たすための「手段」がそれらの施術メニューであるという位置づけなのです。
絶対にこの順序を間違ってはなりません。
だから、お客様は、自分の価値観、信条、生き方といったプライベートな情報も積極的に打ち明けます。なぜなら、打ち明ければ打ち明けるほど自己実現の可能性が高まるという期待値があるからです。
だから、「私のこと、もっと聞いて」となります。
4.0時代のカウンセリング
マーケティング4.0時代のカウンセリングトークとはどういうものか、個々に異なるお客様の自己実現欲求、その把握の仕方、また、自己実現欲求を満たすための「不快を避けて快を得る」の第1ステップから、段階を踏んだカウンセリングトーク、ステップ・バイ・ステップ、さらに自己実現のための欲求レベルを高度化していって、生涯顧客までランクアップしていただく。
こういった一連のカウンセリング・ノウハウを私は用意しています。
このノウハウを身に付ければ、美容室の大きな課題である生産性は著しくアップします。なかには人時生産性で1500円もアップしたという驚異の実績の例もあります。聞くと、お客様が感動して涙を流すそうです。「よくそこまで聞いてくださった。こんな美容室、初めてです」と。
しかし残念ながらこのノウハウは、私のクライアント様だけが手にできるもので、当然、私の実践指導付きが必須です。カウンセリングの手法を180度変えなければいけませんが、それは従来のビジネスモデルを180度変えることに等しいのです。互いの信頼関係がないととても成果が出るものではありませんし、またレポートだけ差し上げてそれで良しという安易なものでもありません。
一度、私が主宰する「MASAサロン経営研究所」のホームページをお訪ねください。あなたの希望に見合ったコンテンツが見つかるかもしれません。
このように、メニューを前面に掲げる営業のやり方がその効力を失ってすでに100~50年にはなるのです。陳腐化どころか、まったく無効です。無効のなかで互いにお客様の奪い合いをしているのですから、美容室の社会的価値は上がるはずがありません。価値が上がらないから、さらに価値を下げてしまう料金の値下げが横行し、どこぞの集客サイトに多額の広告料金を上納しなければならなくなって、ただでさえ利益が出ないところをさらに利益が圧迫されるといった状態にあります。
さらに、集客コンサルなるものが出没し、こうすれば効果抜群なんて煽っています。これも枝葉の対症療法です。
だから一向に生産性は上がらず、従業員は給料の低さと労働条件の劣悪さに嫌気が差し、さらに生産性は落ちます。負のスパイラルに陥っているのです。
この生産性は経営規模が大きくなればなるほど低下してきます。すでに従来のマーケティング1.0、つまりメニュー主体のビジネスモデルは崩壊しているのです。
お客様の自己実現欲求に対応したマーケティング4.0時代の美容室のビジネスモデル、こちらを一刻も早く立ち上げなければなりません。
「どんなマーケティングでも、駄作をヒットさせることはできない。」
【美容室の解決すべき根本問題】<前編>
枝葉のことで騒ぐ
こんな時代です。
少しでも不安を解消しようとしてか、やれ新製品・新メニューだとか、画期的集客方法だとか、副業とか、こっちの水は甘いぞとばかりに、さかんに吹聴する人がいます。
反対に、いたずらに不安を煽って、よくない方向へ誘導しようとする邪(よこしま)な人もいます。
いずれにしろ、そんなことは枝葉のことにしか過ぎません。対症療法にしか過ぎないのです。
対症療法にばかりお金と時間を使っていると、1つの問題を解決したと思っても、また1つの問題が起こり、その問題を解決したと思ってもまた新たな問題が・・とキリがありません。
なぜなら、根本治療を怠っているからです。
生産性が思うように上がらないのは、稼働率に問題があるからです。稼働率になぜ問題があるのか、それは集客ができていないからです。なぜ集客ができていないのか、リピート率が低いからです。
なぜリピート率が低いのか。お客様の満足度が低いからです。
では、なぜ満足度が低いのか。
・・・こうやって問題を追求していくと、根本的な問題点に突き当たります。
根本的な問題点に突き当たるまで追求しないで、よーし集客に力を入れようとお金をかけて集客活動をして、それで効果が一定程度あったとしても、ザルで水をすくうようなもの。すぐにこぼれていってしまいます。
なぜなら、一度は来店に結び付けたとしても、不満足が解消されない限り歩留まりは起きません。リピートには至らないからです。
こういうときこそ、陽明学の開祖・王陽明の「抜本塞源論」が有効です。つまり、病根を見つけて根こそぎ断つこと。こういう態度こそ望まれるのです。
価値と料金の関係
さて、価値と価格は相関関係にあります。
ではなぜ美容室の価格、料金は上がらないのか。
というよりも、なぜ料金はデフレ気味なのか。
つまり、美容室で提供するサービスや存在の価値でトータルに判断されるところの美容室・美容師の社会的な価値、これがなぜ上がらないのか。
この辺の相関関係をしっかりと理解しなければなりません。
理解しなければ、生産性だって上がるはずがないのです。
マーケティングのこと
ここでマーケティングを取り上げます。
マーケティングの力をあまりにも業界は軽視してきた、いや、無視してきたに等しいと思います。
だいたい複数店舗を擁する企業体の美容室でも、専属のマーケティング部を設けているとことは皆無に近い。
それほど規模が大きくなければ、経営者がマーケティング業務を兼務しなければなりませんが、マーケティングを単なる販促と勘違いしているケースが圧倒的に多い。
多くの経営者との交流を通しての実感です。
これらの事実だけでもマーケティング無視の実態は証明されているでしょう。
だから今日のテイタラクをもたらしたと言っても過言ではない、そう言い切ってよいと思います。
マーケティングを語るうえで絶対外せない巨人、それがフィリップ・コトラーです。初めてマーケティングなる概念を植え付けた先駆者であり、「マーケティングの神様」と呼ばれている人です。
その“神様”が時代の変遷ごとに消費者の意識と行動の変化を読み取り、いち早くマーケティングのテーゼを設定し世に発表してきました。
そのマーケティング・テーゼの変遷をざっと見てみましょう。
■
・マーケティング1.0・・・【製品主導】(1900~1960年)*大量生産大量消費
・マーケティング2.0・・・【消費者志向】(1970~1980年)*製品の差別化
・マーケティング3.0・・・【価値主導】(1990~2000)*企業の社会的責任
・マーケティング4.0・・・【自己実現】(2010年~)*消費者の自己実現欲求
だんだんと消費者(カスタマー)の実像が高度化・多様化・複雑化していっているのが明確です。さらに、マーケティング3.0の時代から、環境や教育に配慮しているのか否かと企業の姿勢に厳しい目が向けられるようになったことにも注目しなければなりません。(カラー剤やパーマ液など生活排水として垂れ流している実態は、環境に配慮しているとはとても言えませんよね)
さて、ざっとマーケティングの現在の変遷を見てきましたが、美容業界がなぜ価値が上がらないのか、料金が上げられないどころかデフレ傾向を強めているのか、生産性が上がらずに従業員へ低い報酬しか支給できないのか。
すべての「根本原因」がここにあるのです。
<つづく>
「“良いモノは売れる”という考え方は、自分を中心に世界は回っていると考える『天動説』と同じ。」(正垣泰彦:サイゼリア創業者)
【広告コピーライティング講座】 その2「異化効果」
予定調和では響かない
シリーズ・広告コピーライティングの2回目です。1回目の「韻を踏む」をまだお読みでない方はあわせてお読みください。
言葉は予定調和で使ったとして、せいぜい肯定する意見であっても、その通りだよね、で終わってしまいます。だから印象としてほとんど残りません。
たとえば、男性は論理的に説明すれば納得が得られる。
女性は、理屈ではなく感情に訴えれば話は早い。
なんていうのは一般的によく言われていることで、その通りだね、と予定調和に話が進みますが、それはそれで当たり前すぎてなんの感興も催しません。しかも話として記憶に残らない。人の心も動かしません。
「異化」の具体例
ところが、こういう言い方だとしたらどうでしょう。
「トタンがセンベイ食べて
春の日は穏かです
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです」
中原中也の『春の日の夕暮』その書き出しの部分です。
え? トタンがセンベイ食べるってあり得るの?
アンダースローされたってどういうこと? 灰がなぜ蒼ざめるの?
こういったように平穏に予定調和に話が流れるのではなく、意外に展開する光景に目が奪われます。
トタンやセンベイや灰がまるで意志のある生き物のように動いていますね。
それでいて、ただの“静か”と表現するよりも、より静かさが深まった、穏やかさが強調された、そんな感慨に打たれるのではないでしょうか。
「静か」の延長で連想されるのが次のフレーズです。
「静かさや岩にしみ入る蝉の声」
ご存知、松尾芭蕉の有名な句です。
今は盛りの蝉しぐれ。本当はうるさく聞こえるものを、「岩にしみ入る」で蝉の声を吸収してしまいます。そこに静かさがなおのこと強調されます。
このように、予定調和で言葉が終始するのではなく、「え?なんで?」という言葉の展開。それでいてとても印象に残る表現。
これを「異化効果」と言います。
中島みゆきさんの表現
もう少し例を挙げましょう。中島みゆきさんの数々の独得な表現。
「ひとり上手と呼ばないで
心だけ連れてゆかないで
私を置いてゆかないで
ひとりが好きなわけじゃないのよ」(ひとり上手)
「別れはいつもついて来る 幸せの後ろをついて来る
それが私のクセなのか いつも目覚めれば独り」(わかれうた)
「あぁ 人は昔々
鳥だったのかもしれないね
こんなにも こんなにも
空が恋しい」(この空を飛べたら)
「観音橋を 渡らず右へ
煤けた寺の縁の下くぐり
グズベリの木に登って落ちた
私は橋のこちらの異人」(観音橋)
ひとり上手とは普通は言いません。せいぜい「ひとりが似合う女」と表現するでしょうか。それを「上手」と表現することで強力な異化効果を発揮しています。
同じように、わかれる悲恋を繰り返していても、それを生得のもののように「クセ」とは言いません。
鳥だったかもしれない人間。鳥葬という葬儀の形式が昔々にはありました。それはご先祖が鳥に姿を変えてやってきて、死んだ人の魂を山の向こうへ、つまりあの世まで無事に届けてくれる。そういう、死と再生の神話があったからです。
独得のメロディーと相まって、そんな哀感あふれる、古層に堆積した記憶といったものをほうふつとさせます。
観音橋が出てきたら、普通は渡ります。それが、「渡らず右へ」。しかもわざわざ煤(すす)けた寺の、胎内くぐりを思わせる縁の下をくぐって木に登って落ちる。さらに「私は橋のこちらの異人」だという。
とても考えさせられる歌詞です。さらりと歌い流し聞き流すことはできませんね。見事な異化効果です。
糸井重里氏が放った異化
もうひとつ、きわめつけの例。
「おいしい生活」
糸井重里氏の広告コピーです。1980年代の初頭に、コピーライターブームを盛り上げた記念碑的なコピーです。『日本のコピーベスト500』の第1位に選出されました。ちなみに第2位は、同じく糸井氏の「想像力と数百円」(新潮文庫)でした。
「おいしい」も「生活」も普通の言葉。しかし、だれもこの2つの言葉を結び付けようとは思いもしません。「おいしい」と「生活」とは異質だからです。これを結び付けることで強力な異化効果を生んだのです。
また、当時の高度経済成長期に、生活に余裕を持つ消費トレンドという大きなムーブメントが背景にあったことも見逃せません。
職業柄、数多くのコピーライティングを目にしてきましたが、この「おいしい生活」を超えるコピーにいまだ出合っていません。
コピーを創ってみよう
さて、それでは異化効果のある広告コピーを創ってみましょう。
技術の確かさ、豊富なメニュー、フレンドリーな接客、リーズナブルな料金といった、予定調和な謳い文句をいくら駆使してアピールしても、消費者の印象に残りません。心にも刺さりません。
心に刺さらなければ来店は見込めません。
だから予定調和を裏切る表現を、つまり「異化」を考えてみることです。
たとえば・・・
▷集客編
「髪を切らずに悲しみを断ち切る」
「髪を染めずに心を染める」
「私に5分の時間をください。あなたのことが知りたいから」
「たまには他店に浮気して。うちの良さが改めてわかるから」
「ふだんを変える。それがいちばん人生を変える」
「キレイな人の、私、何もしていません、は大抵ウソです」
などなど。
▷求人編(新人編)
「いやいや働くほど、人生は長くない」
「あなたの働く目的は何ですか」
「5年後の未来を聞こう」
「出るクギ歓迎。出過ぎるクギもっと歓迎」
「あなたの理美容師人生を決する大事な一歩。お金や待遇だけが判断基準ですか」
▷求人編(中途採用編)
「あなたは昨日、何時間生きていましたか」
「人柄募集」
「組織とは、互いのハラを見せ合うことではない。みんなで同じ方向を見ることだ」
有限の財産である「お金」は使わず、無限の財産である「知恵」を使う。広告コピーは言葉。だから掛け値なしにとてつもない武器なのです。
「Think different」(スティーブ・ジョブズ)