1000万、1億、3億、5億の壁
理美容室の9割は1店舗経営です。それも1人経営かパパママショップ。ここで1000万円の壁ができます。
スタッフを採用し、複数店舗を設けても多くはせいぜい3店舗止まり。
それ以上の規模になっても売上1億、3億、5億の壁はなかなか超えられません。
そして壁が超えられないまま、経営者の高齢化や競合との戦いでの疲弊、スタッフの繰り返される離脱とともにサロンの規模は縮小していき、やがて消えてなくなります。
いや、現在はサロンの寿命が極端に短くなった時代ですから、消滅するスピードも加速度を増して速くなってしまいました。
なぜ組織は大きく変われないのか?
その原因はマネジメントの不在にあります。
現実には経営者ですからマネジメントしなければなりません。おまけに現場にも立ち続ける。要するにプレイング・マネージャーの役割を負っていると、どうしても「こなすべき仕事」が多くなって、経営者の「やるべき仕事」が片手落ちになり雑事ばかりに追われてしまいます。
サロンの現場から離れても事情はたいして変わりません。スタッフが突然辞めたといった人事の緊急案件、相談事の対応、銀行交渉、資金繰り、新製品や新メニューの導入、情報収集、スタッフ育成のためのあれこれ、営業対応‥‥、こういう雑事に追われます。
経営者が本来なすべき重要課題、つまり将来のための重要な意思決定、その実現のための戦略構築といった重要課題が先送りになり、必要に迫られて決断したとしても、内容を検討する十分な時間がなく、結果、実現が不可能なことの繰り返しで、「幹部が育っていないからなぁ」と嘆きのオンパレードに終始します。
幹部が育っていない、ではありません、経営者が育ててこなかったことこそが問題の核心です。
ドラッカーの金言
ドラッカーはこう言っています。
「中小企業は通常、チームとしての経営陣に恵まれないものである。
そのため、かなり早くからチームとしての経営陣を用意しておかなければならない。
ベンチャーのマネジメントに関して重要なことを一つだけあげるとするならば、
それは“チームとしてのトップ・マネジメント”の構築である。」
けだし名言です。金言です。
「中小企業は通常、チームとしての経営陣に恵まれないものである。」
その通りです。高度な人材は大企業や役所に流れます。それ以外の人が中小企業に流れるのですが、理美容業ではその質までは問われません。まぁ、あくまでも一般論ですが。
ですから、ドラッカーが言うように「チームとしての経営陣には恵まれない」。まして理美容業界ではなおさらでしょう。
それでも、トップ・マネジメント・チームの一員として候補者をピックアップしておくことが大事なのです。ドラッカーが言うように「チームとしての経営陣を用意しておかなければならない」それも「かなり早くから」です。独立した当時の不安定期であっても、スタッフを採用したからには、この人はマネジメントのメンバーにどうだろうかと絶えず自問自答し目星を付ける、そういう習慣が望まれます。
最終的にマネジメント・チームの一員となれるかなれないかの見極めは、どうやってつけていったらいいのでしょうか。
それには最適な例があります。
マネジメント・チームメンバーの見極め方
いきなり話は大きくなりますが、話の趣旨は大変参考になるので聞いてください。世界の巨大企業であるGEのかつてのCEOで伝説の経営者といわれたジャック・ウェルチは幹部登用の目安として次の4つのポイントを挙げています。
●価値観が合い、業績を上げる人
●価値観は合わないが、業績を上げる人
●価値観が合うが、業績を上げられない人
●価値観が合わず、業績も上げられない人
ここで質問です。
この4つのなかでジャック・ウェルチが真っ先に「不要な人材」とみなしたのはどのタイプの人でしょうか?
あなたが経営者であるとするなら、今後を左右してしまうほどの重要な質問です。考えて回答してほしいと希望しますね。
以前に同じ質問をサロン経営者にしたことがあります。そこで圧倒的に多かった回答が③と④でした。
ジャック・ウェルチの回答は②です。あなたは正解でしたか? なぜ②のタイプの人を真っ先に不要としたのか?
その理由は、組織がバラバラになってしまって統制が取れなくなる、どころか、不満分子として会社に決定的なダメージを与える行動を起こしかねない、というものです。
同じような例が業界にはたくさんありますよね。右腕と頼んでいたスタッフが他のスタッフを引き連れて独立してしまったといったように。なぜなら経営者が掲げた価値観と合わないからです。
「価値観」とは経営者であるあなたが掲げるミッション・ビジョンのことです。そのミッションやビジョンに腹の底から賛同し、ミッション・ビジョンにのっとって行動することを規範とする。それがマネジメント・チームの一員となる最低限の条件です。
薩摩藩の幹部登用
同じような例が薩摩藩にもありました。雄藩として西郷隆盛や大久保利通など幕末期に多数の人材を輩出した薩摩藩、その幹部登用の条件は次の2つです。藩が掲げるミッション・ビジョンにのっとって、
●チャレンジして成功した人
●チャレンジして成功しなかった人
なるほど、と頷いてしまいますね。
ですから経営者たるもの、ミッション・ビジョンは、できれば創業時に打ち立てること。打ち立てたミッション・ビジョンをことあるごとにスタッフの前で表明すること、表明し続けること。なにか新しいことにチャレンジする際には、必ずミッション・ビジョンとの整合性を説明すること。あらゆる行動の基準にはミッションとビジョンがあること。これを耳にタコができるほど言い続けること。
これがとても大事です。
トップ・マネジメント・メンバーの役職は「執行役員」。なかでも重要で欠かすことのできない役職が「マーケティング担当執行役員」と「組織マネジメント担当執行役員」の2つです。経営者が推進役の車のエンジンとするなら、2つの執行役員は車の両輪となります。
マーケティングの重要性がこれだけ言われ、一般企業ではマーケティングの専門部署が当たり前のように存在しているにもかかわらず、理美容業界においては皆無に近い。このへんの認識の無さが大きな企業組織になれない一番の原因だと思います。
そして組織担当執行役員。人材の採用から育成、出口戦略、給与システムとモチベーション管理など重要な案件が目白押しです。この分野の責任者を任命すること。
こうなれば経営者は雑事から離れられ、トップとしての重責のある仕事にまい進できます。組織の充実と拡大は加速度的に進みます。1億の壁は簡単に乗り越えられ、5億の壁もたやすいでしょう。
その他の執行役員のポストとして財務担当執行役員、店舗開発執行役員、イノベーション担当執行役員などがありますが、組織の成長ステージによってこれらのポストは外部からでも招聘(しょうへい)が可能です。
トップ・マネジメント・チームの形成以外に、組織を大きくし強くする方法は見当たりません。経営者の器以上に組織は大きくならないなんてまことしやかに言われていますが、一面では真実でしょう。
しかし、たとえ経営者の器は小さくても、それを補ってあまりあるマネジメント・チームを作り上げることで、器以上の大きくて強い組織を作り上げることが可能なのです。
そうそう、今回のコラムにピッタリの言葉があります。鉄鋼王と呼ばれたアンドリュー・カーネギーの墓碑銘を最後に記すことで今回のブログを終えます。
己より賢き者を近づける術知りたる者、ここに眠る。